何気なくテレビをザッピングしていたら偶然にも「中居正広のキンスマスペシャル」YOSHIKIの回をやっていました。以前見逃していたので興味深く観ましたが、録画していなかったことがとても悔やまれます。
リアルタイムでファンだった訳ではなく、HIDEが亡くなって日本中が騒然としたことをテレビの先の出来事と当時中学2年だった自分は感じていたように思います。彼らの音楽の良さを理解したのは確か大学に入ってからなので、相当のタイムラグがあります。
さて、今回の金スマでYOSHIKIが信じている言葉として紹介していた「神は耐えられない試練を人には与えない」という言葉。今のコロナウィルスが猛威を振るう中でも希望と勇気を与えてくれる言葉だと思います。その言葉をYOSHIKIは正確に捉えられていらっしゃって更に好感というか、書き記しておきたいと思ったのでブログのネタにしました。
この言葉は聖書に記載されている
この言葉が聖書にあることは記憶にあったのですが、クリスチャンではない私はネットで念のため調べたところ、新約聖書・コリントの信徒への手紙一10章13節の御言葉ということがわかりました。
あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう逃れる道をも備えていてくださいます。
新約聖書・コリントの信徒への手紙一10章13節/神は耐えられない試練は与えられない、には続きがある|cawauso|note
調べているときにみつけたnoteの投稿者cawausoさんの言い換えによると「あなたは小さくて弱い存在だよ、でも神様がそばにいて支えてくれるから、 困難の中でも希望を持てるんだよ」だそうです。決して努力だけで試練を乗り越えろということではなく、希望があれば努力できるし、希望を失ってはいけないということでしょう。そして、今回YOSHIKIはこう仰っていました。
「ただね、暗闇は暗ければ暗いほど、小さな光だって輝いてみえる。今まで気づかなかった小さなこと、当たり前のようにあった日常が実はすごく大切なことだったんだな。自分にとってどれだけ素晴らしい人が周りにいたんだろう。素晴らしいことが周りにあったんだろう。とても考えさせられます」
YOSHIKI 信じてきた「神は耐えられない試練与えない」 米国からメッセージ|デイリー
「いままでは気づかなかった小さな光、それを皆さんが信じて、それが大きな光となって照らしてくれるように、そして一日も早い夜明けが来るように、みんなで協力し合って頑張れればと思っています」
「英語で、僕がちょっとアレンジしちゃたのかな、God will never give you more than you can bear. 神は耐えられない試練を人には与えない。僕はその言葉をいつも信じていきてきました」
ここでいう「光」は「希望」とも言えるかと思います。見逃しそうな小さな希望も大切であり、この小さな火種が消えぬよう大事に、そして少しでも大きくなっていくようにひとりひとりが大切にしていくことを願うばかりです。
希望があるから試練を乗り越えられる
自分で言うのも変ですが、これまでの人生をお話すると苦労してるねと言ってくださることがあります。確かに東日本大震災を機に安定の地から飛び出し、アップダウン激しい生き方をしてきました。日雇い派遣で食いつないでいたときにはガス・電気・水道の3つすべてを真冬に止められたこともあります。そんな中でもこの状況をどうにかしたいという思いとご縁で生き延びてきたと実感していて、希望だけは人のものではなく自分のものです。だから自分であるために捨ててはいけないなと。だから、YOSHIKIのこの言葉に反応したんだろうと思います。
もしこの言葉がただ苦難を超えるための努力論として語られたら必ず思い出してほしいのです。それは希望あってのものだと。そして、エヴァンゲリオンファンとしてはこの言葉も合わせて残して置きたいと思います。
希望は残っているよ どんな時にもね
渚カヲル|新世紀エヴァンゲリオン
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